両手の無い少女の話

この手は●●●内戦の時に、日本軍が受けたテロの報復攻撃で失ったのよ。あなた、●●●は来たことあるかしら。

 


両手の無い幼い少女は憎々しげな目をこちらに向けて言った。

 


私はない、と答えた。

すると彼女はパスポートを見せろと言った。

パスポートなんて持っていない、と私はいい、自分の鞄をさぐった。

するとあったのだ。たまたま。

 


どうしようもなくパスポートを取り出したが、行った記憶のないその国の名前が入っているはずがない。ペラペラとページをめくり、彼女に確認をするよう差し出した。

その時見つけてしまったのだ。ページの間にその国の言葉を。もしかしたら行ったことがあるのかもしれない。

しかし私は全く知らないという顔を崩さずにパスポートを差し出した。

そんなものを見ても無駄だと思ったのだろう。彼女はパスポートを見ずに立ち去った。

 


その後しばらくしてまた彼女とすれ違った。その時私は、両手のことに私は直接関係はないが、日本国民としてそのことを本当に申し訳なく思っていると彼女に告げた。

 


彼女の表情は覚えていない。

 


という夢を見た。

蜘蛛

大きな蜘蛛が大きな巣をつくって
空中に浮かんでいる
黄色と黒のからだ
本能が近づきすぎるのは怖いといっている

見る木見る木に蜘蛛が浮かぶ
「夏だなあ...」と無意識が言う
蜘蛛が苦手な彼に話そう
いっぱいいたよって
きっと辟易するだろう

 

そういえば、この蜘蛛
昔の彼と一緒に見たな
夏の阿嘉島
あそこの蜘蛛も大きかった
青い空にゲストハウスのシーツがはためく
海に太陽がきらめく
幸せな時間
彼も蜘蛛が大嫌いだった
唯一蜘蛛を見ると私の後ろに隠れた

 

悪いことをしたな

 

大きな蜘蛛のなかに
蜘蛛の苦手な彼と彼が
つながる

 

きっとこの先 一生出会うことのないであろう
彼ら

#64 Falling

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月の位置がおかしい、と気づいたのは蒸し暑い8月の夜中のことだった。
なんとなく寝づらく、それならと冷蔵庫からビールを取り出し近くの浜辺まで歩いているときだった。

 

なんか近いのだ。スーパームーンのように月が大きく見える、とかではなく、月の方がこちらに寄ってきている、というか。そういえば星も一緒に近づいてきているように見えなくもない。

 

と、静かに月がするするすると空を引きずって降りてきたではないか。


月はそのままポチャ、と海に着水し、下半分は海の中、上半分は海の上、という格好で止まった。やっぱり星も一緒に降りてきていたようで、海の中や外で星が煌めいている。

 

寝ぼけているのかしら、と目をつぶり、両手で瞼をこすったあと、もう一度目を開く。
やっぱり月は 星は そこにいる。

 

海では、落ちてきた月に向って緩やかな潮の流れが生まれ、そこに向って波が寄せては引き始めた。まるで聖地に向って順々に祈りをささげる人びとの流れのようだなと、見たこともないくせに考えた。

 

そういえば月が降りてきてから私の体の中でも何かが渦巻いているような気がする。なんだか落ち着かない。近づいてみたいのだ、細胞が。けれど少し怖い気もする。

 

ビール缶の表面から滴った水滴が草履からでた足に落ちてはっとする。


ビールの缶を開け3分の1ほどのビールをあおり、月の降りた海に向って歩き始めた。

 

浜から月をぼんやりとした目で見つめる。月は空いっぱいを覆っている。海は月の発する光で黄白色く染まっている。30分ほど眺めた後、ビールの缶が空になったのでとりあえず寝ようと思い、家に帰った。

 

翌朝トーストをかじりながらテレビを見ていると、どの番組でも落ちてきた月のことが報道されていた。テレビでは天体学者や物理学者が月が落ちてきた原因、地球への影響などを議論しており、政治学者が落ちてきた月の所有権や管理権がどの国のものになるのか、政治への影響等を話している。環境学者による、海や環境への影響に関する言及もあった。皆、興奮していた。

 

仕事に行くとこの話題で持ちきりだったが、業務については特に昨日と変わることなく、つつがなく一日が過ぎた。仕事をしていると月が落ちたなんて嘘のようだ。月が落ちたくらいでは決済も会議もなくならないらしい。

 

定時で仕事を終え、もう一度あの砂浜へと急いだ。やはり、そこには多くの人が集まり月を見ていた。家に帰りニュースをつけると、アメリカと中国がその所有権について争っているとのことだった。

 

1年が過ぎた。地元の人びとはそこに月があることに慣れてしまい、それほど珍しいと思うことも無くなった。代わりに、月を見るために観光客がたくさん訪れるようになった。月が下りたその浜はmoon beachと名付けられ、近くにはムーンカフェという名前のカフェができたほか、月見饅頭や月の写真の入ったTシャツ等のお土産が並ぶお土産屋さんが立ち並び、観光客でにぎわった。私は相変わらず、町役場で決済や会議資料の作成などの仕事をしていた。夜になると、多くの人が月を見るために浜に集まるようになった。

 

3年が過ぎると、観光客も皆そこに月があることにあまり物珍しさを示さなくなってきた。その代わり、月の観光ラッシュに乗じて新しく建設された世界最大の水族館に多くの人々が訪れるようになった。そこでは、世界で初めて水族館で飼育が成功したザトウクジラを見ることが出来るのである。動かない月などなんのことか。相変わらず、中国とアメリカは月の所有権について争っていて、中国は月の回りに巡視船を走らせていた。私は町役場で決済や会議資料を作成していた。やはり夜になると、浜に人々があつまってきて月を見ながら語り合ったり酒を飲んだりした。

 

月が降りてきてから4年が過ぎようとしていた或る夜のこと。真夏の暑さと湿気でなかなか寝付くことが出来ず、ビールを持って散歩することにした。何となく、足は月の方へと向かった。夜に見る月はいつもに増して美しかった。砂浜に座りビールを飲んでいると、なんとなく、月が浮いているような感覚がしたが、酔っているのだろうと思い直した。ぼーっとみていると、やっぱり少しずつ浮いているような気がするのだ。


と、すーっと音を立てずに月が空に昇り始めた。星や珊瑚やヒトデを引きずって月は昔いた位置まで戻って行った。

 

月が空に戻ってしまい、moon cafeやお土産屋さんはあっという間になくなってしまった。人びとはしばらく月が無くなったことを嘆いたり騒ぎ立てていたが、1年もたつとすっかり忘れてしまった。変わったことと言えば、砂浜で語らうカップルが減り出生率が下がったことくらいか。中国とアメリカは変わらず領土問題で争っているし、私は相変わらず役場で決済を回している。

はつ恋

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昔、この恋が終わることを知らない自分ーが確かにいた。瞬間瞬間期待をし、落胆して、舞い上がって、緊張して、絶望して、そうしているうちに気づいたら終わりが来た。瞬間瞬間、全力で燃えていた。

 

いつからか、それがいつか終わりうるものであること、必ずしも成就しうるものではないことを予め知るようになった。けれど、それでもいいのだ、という思いも芽生えた。泥臭さも覚えた。どちらがいいのかはよく分からない。ただ、もうあの頃の自分に戻り得ないことだけはよく分かる。

 

戻らない過去は戻らない故に美しく輝く。


#はつ恋 #ツルゲーネフ

#63 夢

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探して、—を。
聴き覚えのある声を後に眠りから覚める。どこで聞いた声だろう。ぼんやりと反芻しながら、でもやっぱり思い出せない。ゆっくりと瞼を開ける。

 

外が暗い。頭がぼーっとしてだるい感じがする。眠りすぎたらしい。手を伸ばして携帯を見ると、最後に携帯を見てから2日経っていた。よく寝たなあ。一瞬大学のことが頭をよぎったが、幸い夏休みだった。

 

近くで米軍のヘリコプターだかオスプレイだかが轟きはじめた。最近は特に朝も夜もおかまいなしだ。ちょっと前に領土問題の島が安保適用になったとかそんなことがニュースになっていたけれど。何故人は武力で牽制をするのだろうか。あるいは戦争をするのだろうか。「何故、人は戦うことをやめないのか」色々な理由があるだろう。国の領土を大きくしたいとか、名声がほしいとか、宗教を広げたいとか、他国の支配から抜け出したいとか、国威を示したいとか、お金になるからとか。終わることのない欲望や野心なのか、家族を殺された恨みか、それとも抗うことのできない流れなのか。これまでの歴史の中で、人類は尽きることなく戦争を繰り返してきた。きっと、平和というのはそこにあるものではなく、このすごく物騒な世界で人びとの見ている美しい夢なのだろう。そんなありえないものはどうやって現実になるのだろうか。これまでの歴史から考えると実現する可能性はほぼ0パーセントに等しいかもしれない。そんな現実のなかで、欲望や野心や恨みや利害の渦のなかで、争いのない世界を作る。その逆説を受け容れなければ、やっぱりそれは夢のままなのかもしれない。平和が実現するとすれば、それは途方もない泥臭さや妥協の上に成り立つのではないか。

 

米軍のヘリコプターなんて、小さい頃から慣れ切ってしまった音だったけれど、飛んでいる時間帯のせいか、頻度のせいか、最近はこれまでよりも少しうるさく感じる。そのことに少しほっとするようなしないような。或いは、うるさいと感じたいという願望しれない。沙羅さんとこの間話してた時、飛んできたオスプレイに怒っていたから。あ、そうか。怒るものなのか、と思って少し羨ましくなった。この音はアメリカ本国の市街地では聞こえるはずのない音らしく、沖縄でこれが鳴り響くことは異常だそう。東京から来た友達ははじめてこの音を聞いて戦争が始まったんじゃないかと思ったと言っていた。そうすると、それに慣れて何も思わなくなってしまった私は異常だ(もしくはかわいそうな人?)ということになる。でも、そんな私を異常だというそれも実際には集団で見ている夢のようなものだ。そこにあるのは、ただこの雷鳴になれてしまった私という現象、それだけ。それは相手からの抑圧を、押し付けられるものをただ受け入れてしまっていることだ、という考え方も良く分かるのだけれど。でも、ちょっと違うのだ。そう見えてしまうのかもしれないけど。

 

カミナリの中で太鼓を叩いている操縦手たちは、どんな夢を見て、何を思っているのだろう。家族を、自国を守る誇り、悪い敵を倒す力をこの音に感じているのだろうか。


私にはこの音を巡って人々が争う無音の音の方が大きく感じてしまう。音のない爆音。この小さな島で様々な考えを持つ人びとの発する痛みや怒りという感情が私にはひどく重い。それを分かることができない自分が痛い。分かろうとする私もまた、夢を見ている。安全で、生ぬるい夢。団円のための団円。やさしさのためのやさしさ。生きることは果てしない。

 

雷鳴は去っていった。夜。恐ろしく静かな夜。風はないが涼しい。虫の声が響きはじめた。私の小指ほどもない体からどうやってあんなに大きな音を響かせられるのだろうか。生殖のために、遺伝子を残すためにそんなに小さな体から大きな音が出せるなんて、信じられない。私の体からオスプレイの音が出るくらいの比率なんじゃないか。いや、もしかしたら人間の見えないところで虫は巨大化してるのかもしれない...そんな馬鹿みたいなことを考えているうちに、ゆるやかなまどろみがやってきて、なんとなくその中に身を埋めた。夢から夢へ。

 

生きることは、夢を見ることだ。

#62 ここにあるもの

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雨の日に風に運ばれてくる湿った、冷えた、重たい空気。

 

半分開けたベランダの窓から入ってくるそれは、空気というと重く、どちらかというと半分固体という感じで、スプレーから噴射される細かい粒子の集まりを彷彿とさせる。窓から入ってきたそれは少しずつ部屋の中で放射状に広がり、人の形になる。その粒子がそろりそろりと私に近づき、首に、耳に、顔に、ひやりとまとわりつく。

 

それは不快というのではなく、何か、懐かしいような泣きたいような、なんだかそわそわとさせられるような。

 

世界の他の場所にはなかった、ここにあるもの。

 

その重さは余計なものだと思っていたけど、なぜかひどく愛おしい今。

ときに息苦しさとなるそれは、物を早く朽ちさせるそれは、私にとって何の意味を持つのか。

 

まだ分からないけど。

 

けど。

#61 書く、とは

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はっきりといえない、ゆれうごくにんげんのありようを
ことばであらわしたい
とか思いながら敷布団を干していたら
じゃりっと音がしたので
嫌な予感がしたら
やっぱり かたつむりを踏んでしまった
ごめん、と言葉が口をついて出て
そのあと、もうこのかたつむりは生きられないんだろうなと思って
少し泣きそうになったけど
自分がいい人のふりをしているようにも感じて
もう1つ敷布団を部屋に取りに行きながら
靴下の裏にまだ踏んだ感覚が残っていて
踏んだかたつむりを直視出来ず
もう1つの敷布団を干した先にいる別のかたつむりに
なんだかじとーっと見られているようなそんな気がして
初めてかたつむりを怖いと思った

ら、このことをことばにしたくなって
そんな私のいやらしさを感じながら
それでも書いている

 

靴下の裏にかたつむりを感じながら