KARUISHI

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コンクリートの壁にかこまれて、沖から海水が流れ込み、そして出ていく自然と人工の間、漁港。そんなあわいのさらに境目、人工側のコンクリートの先っぽに座る私、の姿は後ろから射す強烈な太陽光(痛い)に照らされて濃緑色をして細かいちりや軽石と一緒にぷかぷかと浮いている。あるいは沈んでいる。コンクリートの壁に守られた穏やかな揺れの中で。海の中に佇む濃緑の私が、あるいは本当の私かもしれないことを誰が否定できるだろうか。私に見えている私はあちらの私で、こちらの私は一生本当の意味で私から見えることは無いのだから。みんなだって、実際私ではなく光を見ている。反射する光。だから、私は光や影なのかもしれない。認識される者としての私。認識する者としての私も、厳密には私ではない。家族、友人、先生、たくさんの他者の思想や言葉で構成される流動する容れ物。私の中の私たちは、壮大な物語の織り込まれたカーペットのようだ。色や形が変化し続けるカーペット。きっと見飽きることはないだろう。海の中の濃緑の私の色が薄くなっていく。コンクリートの影と合わさって波に溶けていく。その上を2匹の魚が泳いでいく。軽石が揺れている。

浮かぶ軽石を1つ、欲しいと思った。

ごめんね

ごめんね

きみのことは好きだけど

わたしはゆくよ

 

風が背中を押してきて

どうしようもなく

わたしはゆきたいの

たとえ死んだって

 

後悔するかもね

でもゆかない後悔の途方もない

大きさと長さに比べたら

やっぱりゆくべきだと思う

 

手にできない幸せ

たくさんあるでしょう

手にできるはずの

 

知れないことも

きっとあるでしょう

知れるはずの

 

それでも見てみたいの

その先を

たとえ地獄だったとしても

超えてゆきたいの

今の自分を

何が生まれるか

知りたいの

 

きみはきっと

わたしのことを馬鹿だというでしょう

わたしもそう思う

それでいいの

 

ごめんね

わたしはゆくよ

きみの方を

ふりかえりふりかえり

それ

それはどこかにいっちゃったよ

 

そうだよ、どこかにいっちゃった

 

どこにいっちゃったのかな?

 

どこだろうね?

 

とてもいいものだったのにね

 

いいものだった、悲しいね

 

でも、あれがなくなっちゃったから その分何かがやってくるね

 

ほんとだね

 

何がやってくるんだろう

 

わからない、でもきっと何かはやってくるよ

 

楽しみだね

 

うん、楽しみだ

 

それははどこかで幸せになるといいな

 

そうだね、願っていよう

 

それだけはできるものね

 

そうだよ、それだけはできる

犬の糞

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犬の糞を踏んだんだ。


まだ柔らかくて新鮮な、比較的大きめの糞だった。
靴の先とかそういう訳ではなく、全体的に、しっかりと、踏んだんだ。
きちんと靴底の溝にも入り込んだよ。

 

糞を踏んだ靴は、僕のお気に入りの靴だった。
多分前に話したと思うけど、この靴を買うために、毎日バイトを入れてお金を貯めていたんだ。
販売日に朝5時から店の前に並んで買ったっていうあの靴だ。
この靴は、履いた後毎回きれいに拭いてから靴箱にしまっていたし、靴底がすり減るのが嫌だから、遠出をするときには絶対に履かなかった。

 

アパートの窓から外を眺めた時、今日はあの靴を履くのにぴったりな日だと思ったんだ。
まさかアパートを出てからすぐ糞を踏むなんて思っていなかった。

3年近く住んでいて、これまでアパートの近くで犬を見たこともなかったし、ましてや糞なんて見たことなかったからね。


しかもタイミングが悪かった。それまでずっと靴を見て幸せをかみしめながら歩いていたのに、急にご近所さんが帰って来たんだ。僕は、靴を見つめてにやけていたことを見られた恥ずかしさと、その靴を履いている自分への誇らしさの両方をを感じながら、ご近所さんに挨拶をした。こんにちは、と言いながら通り過ぎて、もう一度足元に目を落としたとき、足がおりていく先に糞があるのに気付いたけれど、もう遅かった。靴はもう糞に向って降りていくところだった。僕は声にならない絶叫をあげた。絶望とはこういうことを言うんだね。

 

僕は犬や猫が好きで、よくYoutubeで動画を見るしコンビニで犬猫保護の募金もしたりするんだけどね。今回ばかりはそうもいかなかったね。一瞬、ここに糞をした犬を本気で呪ったよ。

 

けれど、思ったんだ。これは実はとても幸運なことなんじゃないかって。
だって、犬の糞を踏むなんて、そうそうないことだ。多分、5年に1度あっていいほうだ。
しかも、大切にしていたお気に入りの靴を履いて。その確率も含めると、10年に1度あっていいくらいかもしれない。自分の意思ではなかなか出来ることじゃないしね。と考えると、僕は今10年に1度の幸運があったということになる。

 

そこで思ったんだ。決意するなら今だと。
ということで、今君に告白をしに来たって訳なんだ。

正義のダンス

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正義のダンスは楽しいわ
間違ってるあいつに
正義の鉄槌をくだすの
みんな私を支持してる
ほら このいいねがその証です

 

くるくるくるくる回って
くるくるくるくる踊るよ
正義のダンス

 

ペアはいらない踊るのは私
汚いものは
さわりたくないもの
そんなものは
ブロックしましょ そうしましょ

 

社会を良くするためならば
あんな考え排除しなきゃね
ついでにこんな言葉もね
異論は認めん
不純な物はいりません
デリートしましょ さようなら

 

文脈なんて?
そんな曖昧なもの
関係なんて?
そんな不確かなもの
私は絶対的な正しさがほしい

 

くるくるくるくる回って
くるくるくるくる踊るよ
正義のダンス

 

痛快に正論を突きつけて
華麗な一撃を決めるわ
みんな私に文句は言えない
だって私は正しいから

 

 

椅子の一日

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椅子の朝は早い。 まずはパジャマを着たお尻を支える所から始まる。

半分寝ている体はめんどくさそうに椅子を引きずったり、 時には勝手に椅子の脚に足の小指をぶつけ、 理不尽に怒りをぶつけてくることさえある。しかし椅子は言う。

「しょうがないですよ。椅子にも人間にも色々ありますから」


朝は時間との戦いだ。 ニュースを見ながら急いで朝食を口にかきこむヒトを、 5分ほどしっかりと支える。 その後はだいたいコーディネートで気に入らなかった上着や顔を拭 いたタオル等を背もたれに預かる。 預けられた上着やタオルの有無で、今日の調子が分かるそうだ。 調子のよい日には、朝のうちに全て片付けて出て行く。一方、 悪い日はたくさん物を預けたままだ。しかし椅子は言う。

「私に物を預けることで負担が減るなら、 大変な時はいくらだって預けてくれればいいんですよ」


昼から夜の間は主に、猫の気まぐれに付き合ったり、 赤ちゃんが立ち上がる訓練を手伝ったりする。 猫が爪を研ごうとすると毅然としかし丁寧に抗議したり( 聞き入れてはもらえないが)、 両親が見る前に赤ちゃんが何度も立ち上がる支えになったりと忙し くしている。たまに蟻など、 外からのお客様の食料さがしにも協力する。そうこうしていると、 あっという間に日が落ちる。


今日も忙しい一日だった。

しかしそんなことは言ってられない。ここからが大仕事である。 帰って来たヒトの仕事で疲れた体を包み込むように支える。 よりかかる背中は朝よりも大分重くなっている。 きっと大変な一日だったのだろう。 そんな背中をしっかりと受け止める。 ご飯を食べると少しだけ重みが加わっていく。 椅子はじっと重みを受け止める。

「食べるって、どういう感じなんでしょうね。」


夜が更ける。

また朝がはじまる。

 

その週末、この家ではめったにならないインターホンが鳴った。

何か大きなものが届いたようだ。

配達員が2人がかりで運んできたもの、それはソファだった。

 

 

 

増えすぎてしまった私たちは

 

 

私たちは死んでもいつも何かの一部だったし

何かはいつも私たちの一部になった

あるときまで世界はそういうところだった

いまも一部はそうだ

どうやら宗教だか社会だかの都合で

私たちは死んで燃やされることになった

あるいは別の信仰を持つところでは

燃やすことは禁じられているらしい

少なくとも私たちは燃えて煙になり空に飛んで行く

けれどその煙は宇宙空間には出ることはなく

地球の大気の中をふんわりと漂って

やっぱり私たちの滓らしい

多分雨に溶けて降ったり

雲の一部になったり

オゾン層に飛んで行ったり

破壊してみたり

そういうことだと思うんだけど

だけどそれがたまりにたまって

いつか何かをこわしてしまうとしたら

高い葬式費用を払わせて燃やされるよりも

喜んでどこかで朽ちて何かに食べられることを選ぶ

なんて思ったりする

増えすぎてしまった私たちは

生きていたって死んだって

行き場所に困るようになったようだ

ハワイじゃ移住が増えて家賃があがり

現地の人が家に住めなくなり

日本じゃ死んだ後、埋める場所がなくなった

増えるってのはなんだか大変だ