犬の糞

犬の糞を踏んだんだ。
まだ柔らかくて新鮮な、比較的大きめの糞だった。
靴の先とかそういう訳ではなく、全体的に、しっかりと、踏んだんだ。
きちんと靴底の溝にも入り込んだよ。
糞を踏んだ靴は、僕のお気に入りの靴だった。
多分前に話したと思うけど、この靴を買うために、毎日バイトを入れてお金を貯めていたんだ。
販売日に朝5時から店の前に並んで買ったっていうあの靴だ。
この靴は、履いた後毎回きれいに拭いてから靴箱にしまっていたし、靴底がすり減るのが嫌だから、遠出をするときには絶対に履かなかった。
アパートの窓から外を眺めた時、今日はあの靴を履くのにぴったりな日だと思ったんだ。
まさかアパートを出てからすぐ糞を踏むなんて思っていなかった。
3年近く住んでいて、これまでアパートの近くで犬を見たこともなかったし、ましてや糞なんて見たことなかったからね。
しかもタイミングが悪かった。それまでずっと靴を見て幸せをかみしめながら歩いていたのに、急にご近所さんが帰って来たんだ。僕は、靴を見つめてにやけていたことを見られた恥ずかしさと、その靴を履いている自分への誇らしさの両方をを感じながら、ご近所さんに挨拶をした。こんにちは、と言いながら通り過ぎて、もう一度足元に目を落としたとき、足がおりていく先に糞があるのに気付いたけれど、もう遅かった。靴はもう糞に向って降りていくところだった。僕は声にならない絶叫をあげた。絶望とはこういうことを言うんだね。
僕は犬や猫が好きで、よくYoutubeで動画を見るしコンビニで犬猫保護の募金もしたりするんだけどね。今回ばかりはそうもいかなかったね。一瞬、ここに糞をした犬を本気で呪ったよ。
けれど、思ったんだ。これは実はとても幸運なことなんじゃないかって。
だって、犬の糞を踏むなんて、そうそうないことだ。多分、5年に1度あっていいほうだ。
しかも、大切にしていたお気に入りの靴を履いて。その確率も含めると、10年に1度あっていいくらいかもしれない。自分の意思ではなかなか出来ることじゃないしね。と考えると、僕は今10年に1度の幸運があったということになる。
そこで思ったんだ。決意するなら今だと。
ということで、今君に告白をしに来たって訳なんだ。