椅子の朝は早い。 まずはパジャマを着たお尻を支える所から始まる。
半分寝ている体はめんどくさそうに椅子を引きずったり、 時には勝手に椅子の脚に足の小指をぶつけ、 理不尽に怒りをぶつけてくることさえある。しかし椅子は言う。
「しょうがないですよ。椅子にも人間にも色々ありますから」
朝は時間との戦いだ。 ニュースを見ながら急いで朝食を口にかきこむヒトを、 5分ほどしっかりと支える。 その後はだいたいコーディネートで気に入らなかった上着や顔を拭 いたタオル等を背もたれに預かる。 預けられた上着やタオルの有無で、今日の調子が分かるそうだ。 調子のよい日には、朝のうちに全て片付けて出て行く。一方、 悪い日はたくさん物を預けたままだ。しかし椅子は言う。
「私に物を預けることで負担が減るなら、 大変な時はいくらだって預けてくれればいいんですよ」
昼から夜の間は主に、猫の気まぐれに付き合ったり、 赤ちゃんが立ち上がる訓練を手伝ったりする。 猫が爪を研ごうとすると毅然としかし丁寧に抗議したり( 聞き入れてはもらえないが)、 両親が見る前に赤ちゃんが何度も立ち上がる支えになったりと忙し くしている。たまに蟻など、 外からのお客様の食料さがしにも協力する。そうこうしていると、 あっという間に日が落ちる。
今日も忙しい一日だった。
しかしそんなことは言ってられない。ここからが大仕事である。 帰って来たヒトの仕事で疲れた体を包み込むように支える。 よりかかる背中は朝よりも大分重くなっている。 きっと大変な一日だったのだろう。 そんな背中をしっかりと受け止める。 ご飯を食べると少しだけ重みが加わっていく。 椅子はじっと重みを受け止める。
「食べるって、どういう感じなんでしょうね。」
夜が更ける。
また朝がはじまる。
その週末、この家ではめったにならないインターホンが鳴った。
何か大きなものが届いたようだ。
配達員が2人がかりで運んできたもの、それはソファだった。