#45 足が一本ない猫の話

 

その猫は足が一本なかった。

 

黒地に白い靴下をはいたような手足をしていたので、勘違いだろうと思って、もう一度よく見返してみた。


やっぱり左の方の足がない。歩き方も心なしか少しぴょこぴょこしているように見えてきた。気になってじっと見ていると、猫が話しかけてきた。

 

「どうした。お前、何か困ったことでもあるのか」


「いえ、おたくの足が一本無いようなので、大丈夫だろうかと気になって見ていたんです」

 

猫は、何を言っているんだこいつは、と言う顔をして私を見た。

 

「これ以上足がある方が不便じゃないか?多ければ多いほど神経を余計に使うし、絡まりやすくなってしまうじゃないか」


「歩きにくくはないんですか?」


「生まれてこの方そんなことを感じたことはない。障害物もよけやすいしな」

 

どうやら生まれつき、足が一本ないらしい。

 

猫は不思議そうな顔をしながらまじまじと私の足をみて、少し考え、やがて納得したような顔をして言った。

 

「分かったぞ。君は手を使わないで足だけで歩いているから、足が2本ないと歩きにくいと思っているんだな。足だけで歩くというのは大変なものだなあ。どうやら君たちの界隈では、腰を悪くするものたちも多いそうだな。手も使って歩くことをおすすめする。健康にも良い」


「はあ、ご丁寧にありがとうございます」

 

猫は満足げに喉を鳴らした。

 

猫に別れをつげて歩き始めると、左足がふわふわと軽くなってしまうような気がした。

慌てて両手で左足を掴み、逃げていかないよう地面に押さえつけた。

 

#45
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