(本)ナインストーリーズ(不器用を掬い上げる本?)

ナインストーリーズ

J.D.サリンジャー作 柴田元幸

※微妙なネタバレ有です。

 

f:id:tusensommar0408:20200708175335j:image


一作一作がとても面白い短編集だった。世の中に対する憤りや人間関係のフラストレーション、そういうものが善悪とか既存の社会の論理を外した状態でそのまま描かれる。(とっても短い後書きで訳者の柴田元幸さんが言っているように)

 


戦争から帰ってきたPTSDの兵士、いつもタクシー代を払わない同級生にイライラするティーンの女の子、ユダヤ人の父の陰口をメイド達に言われて家出をし続ける3歳の男の子とその母親、パリからニューヨークに移住してその美術学校のつまらなさに辟易している若い美術学生、昔の恋人の幻影に引きずられる大学の同級生と、空想の恋人がいるその小さい娘、感情を使わない天才少年などなど。社会の論理で考えてしまえば、誰が悪い、悪くない、と決着がついてしまうことだったり、被害者やはみ出しものとなって終わってしまう人やこと、そういうものの論理で掬いきれない部分や感情が描かれていると思う。

 


そしてそこから感じられるヒリヒリとしたなんともいえない不満や、一瞬の出会いに対する一生の愛着、人とは違う形で世界を愛している登場人物、そういう人間らしさがとても愛おしく感じる。

 


あとネタバレだけど、最後の短編に一瞬日本の短歌に言及する部分があって、感情を直接的に描かない=描写のみで価値判断を相手に委ねる(言い過ぎ?)ものとしての例に上がってたけど、そういうものの影響も受けてるのかな?と個人的に思った。

 


大人というジャンル、社会というものに首を突っ込んで、そこに違和感やなんとも言えない気持ちを抱えている今、特により響くものがあったと思う。読んでよかったし、もうすでに紹介したい人たちが何人か頭に浮かぶ、そんな作品でした。